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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)45号 判決 1985年8月30日

原告 有限会社黒川商店破産管財人 山本朔夫

被告 サンビシ株式会社

右代表者代表取締役 及部敬

右訴訟代理人弁護士 佐藤有文

主文

一、被告は、原告に対し、金二、一〇七、〇〇〇円およびこれに対する昭和五八年八月一日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一、原告

主文同旨。

二、被告

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、主張

一、原告の請求原因

1. 訴外有限会社黒川商店(以下、破産会社という。)は、味噌、醤油、ソース等の調味料およびその他の飲料品類の卸、小売販売業を営んできたが、昭和五八年八月二六日名古屋地方裁判所で破産宣告を受け、同日原告がその破産管財人に選任された。

2. 被告は、醤油等の調味料を製造販売している株式会社であるが、その販売先拡張のため、各販売店に対し、被告製品の販売高に対する一定率の金員を販売奨励金として支払うことを約し、これを毎月毎に計算のうえ一定期間被告が預り金として管理したうえ、一定期日に各販売店に支払うこととしていた。

3. 破産会社は、従来から、被告の製品を、訴外株式会社丸愛商会(以下、単に丸愛商会という。)を通して仕入れ、これを販売していたもので、被告との間で、被告製品の販売高に対する一定率の販売奨励金を毎年七月末日に支払を受ける約束になっていたところ、被告が預り管理中の昭和五八年七月末日に支払われるべき販売奨励金は合計金二、一〇七、〇〇〇円である。

よって原告は、被告に対し、被告に預託中の右販売奨励金二、一〇七、〇〇〇円およびこれに対するその支払期後の昭和五八年八月一日より支払済に至るまで商事法定利率六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因事実に対する被告の認否

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2の事実中、販売高に対する一定率の販売奨励金を支払う約束をしていたとの点を否認し、その余の事実は認める。

販売奨励金は、被告の決算期毎における利益状況を勘案し、その支払額を決定していたものである。

3. 同3の事実中、被告が昭和五八年七月末日に破産会社に支払うべく預り管理中の販売奨励金が合計金二、一〇七、〇〇〇円であったことを認め、その余の事実は争う。

三、被告の抗弁

1. 被告は、昭和五八年八月二六日までに、破産会社に対し、左記の債権を有していた。

(一)  訴外サンビシ食品株式会社(以下、訴外サンビシ食品という。)が破産会社に対し売掛した商品代金一八四、七七八円で、昭和五八年八月一五日被告が債権譲渡を受けた右金額の債権。

(二)  被告が所持する破産会社が引受をなした別紙手形目録記載の為替手形四通の各手形債権。

2. 被告は、昭和五八年八月二六日、破産会社に対し、右1.(一)の債権および同(二)の債権(但し、別紙手形目録番号(四)の手形債権についてはその一部)をもって、本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四、抗弁事実に対する原告の認否

1. 抗弁1の事実中、破産会社が別紙手形目録記載の各為替手形につき引受をなしていることは認めるが、その余の事実は不知。

2. 同2の事実は認める。

五、原告の再抗弁

1. 被告が所持していた別紙手形目録番号(一)、(二)記載の為替手形二通は、被告の相殺の意思表示の当時、いまだ支払期日が到来せず、かつ支払期日到来時にも手形の交付がなされなかったので、相殺の効力はない。

2. 被告が相殺の自働債権として主張する抗弁1.(一)の売掛金債権および同(二)の手形債権のうち別紙手形目録番号(三)、(四)記載の為替手形二通については、いずれも、被告が昭和五八年八月一七日ないし一八日に取得したものである。

しかし破産会社は、同年同月一三日ないし一四日には支払を停止し、被告は、これを知りながら右各債権を取得した。

したがって、被告の右相殺は、破産法一〇四条四号本文により無効である。

六、再抗弁事実に対する被告の認否

1. 再抗弁1の事実中、別紙手形目録番号(二)の為替手形が相殺当時支払期日が到来していなかったこと、被告が各手形を交付していないことは認めるが、その余の事実は争う。

破産会社は、昭和五八年八月一九日、第一回の手形不渡り処分を受け、支払を停止したので、手形法四三条二号により、支払期日が到来したものとみなされるものである。また、被告が手形を交付していないことが、相殺の効力に影響を及ぼすものではない。

2. 同2の事実中、被告が抗弁1.(一)の売掛金債権、同(二)の手形債権のうち別紙手形目録番号(三)、(四)記載の為替手形二通を取得したのが昭和五八年八月一七日ないし一八日であることは認めるが、その余の事実は否認する。

破産会社は、昭和五八年八月一九日に第一回の手形不渡処分を受け、同年同月二二日に第二回の手形不渡処分を受け、銀行取引停止処分を受けるまで、支払を停止していない。また被告が破産会社の支払停止を知ったのは、早くとも昭和五八年八月二〇日である。したがって、被告の本件相殺は、破産法による相殺の制限を受けない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因1の事実、被告が醤油等の調味料を製造販売している株式会社であり、被告は、その販売拡張のため、被告製品の各販売店に対し販売奨励金を支払い、かつ一定期間右支払金を被告において預り金として管理し、一定期日に各販売店に支払っていたこと、破産会社は、被告製品を販売していたものであるが、被告より販売奨励金の支払を受け、被告において預り管理していた右販売奨励金で昭和五八年七月末日に支払れる金額が合計二、一〇七、〇〇〇円であったこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告が主張するその余の請求原因事実を検討するまでもなく、原告は、被告に対し、右預り金二、一〇七、〇〇〇円およびこれに対する支払期後の昭和五八年八月一日より支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める債権があることになる。

二、そこで、抗弁事実について検討する。

1. 抗弁2のとおり、被告が破産会社に対し、相殺の意思表示をなしたことについては当事者間に争いがない。

2. 被告が主張する自働債権の成立について判断する。

(一)  <証拠>によれば、訴外サンビシ食品は、破産会社に対し一八四、七七八円の売掛代金債権を有していたが、昭和五八年八月一七日、被告に対しこれを債権譲渡し、同日その旨の通知をなしたことが認められる。

(二)  また、別紙手形目録記載の各為替手形につき破産会社が引受をなしたことについては当事者間に争いがなく、

<証拠>によれば、被告は、破産会社が引受をなした右各為替手形を所持し、その各手形債権を有していることが認められる。

三、しかし被告は、別紙手形目録番号(一)、(二)記載の為替手形につき、右相殺をなすにあたり、破産会社に対し右手形の交付ないし呈示をなさず、意思表示のみをもってなしたことは当事者間に争いがない。しかしながら、裁判外で手形債権を自働債権として相殺をなす場合には、その受戻証券たる性質上、手形の交付ないし呈示を必要とするものと解されるので、原告の再抗弁1はこの点において理由があり、被告の別紙手形目録番号(一)、(二)の為替手形の手形債権を自働債権とする相殺は無効である。

四、さらに、再抗弁2の事実について判断する。

1. 前示二、2(一)の認定事実および<証拠>によれば、被告は、昭和五八年八月一七日に、訴外サンビシ食品より売掛代金一八四、七七八円の債権譲渡ないし別紙手形目録番号(三)記載の為替手形の裏書譲渡を受け、さらに訴外丸愛商会より別紙手形目録番号(四)記載の為替手形の裏書譲渡を受け、これを取得したものであることが認められる。

2. 一方、<証拠>を総合すると、次の各事実を認めることができる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  破産会社は、昭和五八年七月上旬より資金繰りが極度に苦しくなり、弁護士と相談のうえ営業を停止する決意をなし、同年八月一二日各取引先に対し、債務超過のため営業を停止し、整理に入ること、そのための債権者集会を同年同月一六日に開催することを知らせる書面を発送した。右書面は、翌一三日以降各取引先に到達し、右事態を知った破産会社の債権者は、同月一三日から一五日にかけて、相次いで破産会社に訪れ、納入商品を引き上げるべく、これを搬出し、破産会社の店舗には在庫商品の殆んどがなくなる事態になった。

(二)  被告は、破産会社の直接の取引先ではなかったため、前示書面の送付を受けることはなかったが、同月一四日、破産会社より、電話で営業が行き詰り整理に入るので、商品を返品したい旨の連絡があり、従業員の中村を破産会社に派遣し、商品の返品を受けるとともに、その営業停止の実情を知るに至った。また被告は、同年八月一六日に開かれた破産会社の債権者集会の内容について、翌一七日、訴外丸愛商会の鈴木から聞き、破産会社が債務超過のため内整理に入ったことを知るに至った。また同日朝、関連会社である訴外サンビシ食品に送付された破産会社からの前示通知書面も見ることができた。

(三)  そのうえで、被告は、訴外サンビシ食品、同丸愛商会の要請もあって、前示1の各債権を取得したものであった。もっとも被告は、右各債権を取得するにあたり、銀行照会をなし、破産会社が同月一五日に額面三三九、二七七円の支払手形を決済していることを確認しているものであるが、破産会社は、前示営業停止の措置を取り、新たな債務支払を停止しつつも、取引銀行である東海銀行千種通支店の当座預金口座を、振込送金を受入れるため、解約していなかったので、右手形の決済は、入金された資金によって支払手形の決済に自動的に充てられた結果生じたものであった。

3. 右認定事実によれば、

(一)  破産会社は、取引先に営業停止を通知し、取引先の商品引上げもなされ、債権者集会で債務超過により内整理に入ることを説明した一連の行動により、遅くとも昭和五八年八月一六日までには支払停止した、すなわち、金銭債務を一般的に支払うことができない旨を表示したものと言えることは明らかである。被告は、破産会社が昭和五八年八月一九日に第一回の手形不渡り処分を受けるまでは支払停止にはおちいっていない旨主張するが、たまたま当座預金口座の解約をなさず放置していたため手形不渡の発生が遅れたとしても、前示の情況が認められる破産会社について、債権者集会において内整理に入る旨説明した段階以降も支払停止していないと解することは到底できない。

(二)  そして被告は、同月一七日午前、訴外サンビシ食品に送付された書面の内容を知り、また債権者集会に出席した訴外丸愛商会から債権者集会の模様を聞き、右事態を知った後前示各債権を取得したものであることも明らかである。もっとも、<証拠>によれば、債務者が営業を停止し、債務の整理に入っても支払停止を伴うとは限らない旨の供述があるが、右供述の言うところは破産会社の本件事態に則したものとは言えず、右認定を左右するものではない。

4. そうであれば、被告は、破産法一〇四条四号本文により、前示各債権をもって相殺をなすことはできない。

五、以上のとおりであるから、被告の相殺の抗弁はいずれも失当であり、原告は被告に対し、前示一のとおりの金員の支払を求めることができる。

よって、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内捷司)

<以下省略>

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